エンディングノートの危険性

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エンディングノートの危険性

数年前から、一挙に普及し今や書店でも販売されているエンディングノート。
ご本人は勿論、ご家族や周囲の方にとっても、非常に有意義なツールであり、作成されている方はかなりの数に上る事でしょう。
今回は、エンディングノートの危険性と題し、エンディングノートに、財産の処分等、権利義務関係について記載をする事の問題点ついて書かせて頂きます。かなりの長文ですので、全部読むとなると少々骨が折れるかもしれません。まとめを最後に記載しておりますので、要点だけ読みたい方は、お手数ですが、最下部までスクロール下さいませ。

エンディングノートには法的効力がない?

エンディングノートには、借金を含め財産を記載する欄と自由記載欄があるのが一般的で、物によっては、相続に関する希望や遺産分割に関する希望といった欄があります。エンディングノートの特徴についてインターネットで調べてみると、遺言書と比較して法的効力がない事が挙げられていました。また、市販されている物を幾つか購入してみたところ、共通して法的効力はないと記載されています。財産の処分等、権利義務関係について記載をしたとしても、本当に、法的効力は生じないのでしょうか。まずは、次の仮想事例をご覧ください。

【仮想事例】

甲野太郎(以下、太郎)には、遠方で勤務している子の一郎と、近所に住む兄弟の次郎がいます。
子の一郎はとても忙しく、元旦くらいにしか顔を合わせません。
一方、兄弟の次郎とは、自身が病気がちな事もあり、世話等のために、頻繁に顔を合わせていました。
なお、妻と両親は既に他界しています。
甲野太郎は、昨今のブームに乗り、エンディングノートを作成しました。これには、相続について記載する箇所があり、太郎は、自分が亡くなった後の財産の承継について考えを巡らせました。自分が死んだら、財産は全て子の一郎が相続する事となります。検討の末、太郎は、日ごろ世話になっている、兄弟の次郎にも、財産を分けたいと思い、『私が死んだら、自宅不動産については、兄弟の次郎に与える』と記載しておきました。そして元旦に、兄弟の次郎、子の一郎、親戚数名と一緒に食事をしている際、エンディングノートを二人に見せ、内容の説明をしました。自宅不動産の処分についても勿論説明の上、太郎は、『宜しく』と二人に言いつつエンディングノートを兄弟の次郎に渡し、二人は、『分かった』と返しました。子の一郎は、自宅不動産の件について、内心不満でしたが、エンディングノートに法的効力はないと、ネットで見たことがあったので、放っておきました。その後、暫くして太郎は亡くなりました。

さて、エンディングノートには法的効力がない。そうであるならば、事例では遺言書を作成していないので、相続人ではない兄弟の次郎が、エンディングノートの記載の通りに自宅不動産を取得する事は出来ません。それでは、仮想事例の検討に入る前に、前提となる法知識について確認したいと思います。

法的効力を生じさせる行為

まず、法的効力を生じさせる行為についてです。法的効力を生じさせる行為の中には、次のものがあります。

相手方のある単独行為

一方的な意思表示がされ、これが相手方に到達するだけで、法的効力を生じるものを指します。(例:契約解除・債務承認)

相手方のない単独行為

相手方に対してされる必要はなく、自身の意思表示のみで効力を生じるものを指します。(例:遺言・所有権放棄)

双方行為

契約の申込みと承諾といった、意思表示の合致により効力を生じるものを指します。(例:死因贈与契約・売買契約)

意思表示の意味

次に、意思表示の意味について確認致します。意思表示というのは、一定の法律効果の発生を欲する意思を外部に表示する行為を指します。意思表示は、口頭でも書面でも可能です。

遺言の効力

上記の通り、遺言は相手方のない単独行為ですが、その効力を生じさせるためには、遺言の種類によって厳格に定められた方式に沿わなければなりません。では、仮想事例の検討に入ります。

仮想事例検討

遺言としての効力は?

まず、遺言としての効力を生じることはないかですが、これは難しいでしょう。公正証書遺言、秘密証書遺言は、そもそも手続きが必要ですし、自筆証書遺言は、全文自書の上、日付、捺印がなければ効力を生じないためです。

死因贈与契約は?

死因贈与契約とは、贈与者の死亡を条件とした、贈与契約の事です。太郎は、『私が死んだら、自宅不動産は、兄弟の次郎に与える』と記載したエンディングノートを、内容を説明の上、宜しくと言い、兄弟の次郎に渡しました。これは、死因贈与契約の『申し込み』に当たると考えられます。そして、兄弟の次郎は、これを受けて、分かったと返しています。これは、『承諾』に当たると考えられます。つまり、仮想事例では、死因贈与契約が成立すると考えられるのです。死因贈与は、贈与者の死亡が効力発生要件とされているため、民法上、遺贈に関する規定が準用されますが、死因贈与の方式については遺贈に関する規定の準用はないものと解されています。

エンディングノートで法的効力は生じる

エンディングノートによる意思表示

では、仮想事例に限らず、エンディングノートに、一定の法律効果の発生を欲する意思を記載した場合の法的効力はどうでしょうか。

相手方のある単独行為

⇒相手方に何らかの形で到達すれば効力を生じます。

相手方のない単独行為

⇒直ちに効力を生じます。

双方行為

⇒相手方に何らかの形で到着し、承諾の意思表示がされれば効力を生じます。

以上の通り、エンディングノートで法的効力は発生するのです。

何故、エンディングノートは法的効力はないとされているのか?

エンディングノートに記載した内容、経緯によっては、上記の通り法的効力は発生します。それならば、専門家も含め、エンディングノートには法的効力がないと公言しているのは何故でしょうか。恐らく、遺言書との比較にのみ焦点を当てたためではないかと思われます。遺言書は、相手方のない単独行為ですが、種類に応じて作成方法が厳格に定められています。そのため、エンディングノートに、遺言に書くような内容を記載しても、自筆証書遺言、公正証書遺言の役割を果たすことは考えにくいのです。秘密証書遺言の方法であれば、エンディングノートを遺言書とする事も考えられますが、秘密証書遺言は一般的ではなく、その存在すら知らない方も多い上に、専門家も作成に積極的ではありません。
つまり、【エンディングノート=遺言書とはなり得ない=法的効力はない】このような、考えで、法的効力はないとしているのではないでしょうか。

まとめ ~エンディングノートは法的効力を持つ~

エンディングノートは法的効力がないと一般に言われ、専門家でも、そのように言われる方が大半です。私は、これはあまりに大雑把で、誤解を招くと考えます。エンディングノートに記載した内容も、相手方のない単独行為であれば、直ちに法的効力を生じます。記載内容と経緯によっては、契約解除や債務承認、死因贈与契約等、法的効力を生じるものは無数にあります。『エンディングノートに法的効力はない』のではなく、『エンディングノートに自筆証書遺言としての効力はない』のです。エンディングノートは、自身の人生を振り返ったり、財産に関する記載や自身が亡くなった後の事を記載したりするものです。完成したエンディングノートを相続人等に渡す方も多いでしょう。そして、エンディングノートは、一般書籍、無償配布、インターネットでのダウンロードと、様々な方法で入手が可能で、内容について専門家が確認する事はほとんどありません。そういったエンディングノートの特性を考えれば、法的問題を生じる可能性は十分に考えられます。今後、法的効力がないとされているエンディングノートを巡り、法的トラブルが多数生じるのではないかと危惧しております。


~補足~

死因贈与契約の成立を主張した場合

公正証書化した死因贈与契約書を作成していないような場合、訴訟となる事が想定されます。相続人が、素直に分かりましたというとは、考えにくいためです。訴訟において、死因贈与契約を主張する場合は、その成立を立証する必要があります。仮想事例においては、便宜、訴訟において立証しやすく、死因贈与契約の成立が認めらやすい構成にしていますが、実際には、どのような事案になるのかは分かりません。上記仮想事例には、当てはまらないからどうのいった考えは危険ですのでご注意ください。参考までに、死因贈与契約の裁判例を一つ載せておきます。
平成15年7月9日 広島高等裁判所 判決

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